遠藤暁のブログ

青年海外協力隊に関することを中心に、海外で感じたことや自分の思い、サッカーについてなどを発信するブログです。

人生の中で「重要な分岐点」は必ずある ぼくにとって重要だった分岐点

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こんにちは。遠藤暁(@str_se)です。

 

みなさんの今までの人生の中で、重要な分岐点はありましたか?

今の仕事をするようになったキッカケとか、この人と出会ったおかげで自分の人生は大きく変わったなど。

 

いくつかの分岐点って存在すると思うんです。

 

ぼくも今まで生きてきたなかで、振り返ってみると「重要な分岐点だったんだな」という点はいくつかあります。

 

それらの分岐点のすべてが積み重なって、今の自分に繋がっているんですよね。

 

今回はぼくの今までの人生の中でも特に重要だった、いくつかの分岐点をご紹介します。

 

 

サッカーをやるか野球をやるか

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ぼくは15年以上サッカーを続けてきて、現在は青年海外協力隊のサッカー隊員として活動しています。

 

もうサッカーと自分は「切っても切り離せない」くらい深い関係にあると勝手に自負しているんですが、そもそもサッカーをやっていなかった可能性もあるんです。

 

小学校に入学する前から父や兄とボールを蹴って遊ぶのが大好きだったんですが、その時は野球で遊ぶ時間も多かった。

 

ある日はサッカーをやり、別の日は野球で遊び、またある日はサッカーも野球もやり。

 

さいころはサッカーも野球も両方大好きだったんです。

 

ではなぜサッカーを始めたのか。

それは、兄がサッカークラブに入ったからです。

 

当時の記憶なんてほとんどありませんが、「兄がサッカークラブに入ったから自分も入る」くらいの感じでサッカーを本格的に始めたのでしょう。

 

そこからサッカー漬けの人生となっていくわけですが、もし兄がサッカーではなく野球クラブに入っていたら。

おそらくぼくも野球クラブに入って、野球漬けの人生を送っていたかもしれません。

 

もし野球を始めていたら、今とはまったく違う人生を歩んでいたことでしょう。

 

 

湘南ベルマーレユースのセレクションで落選する

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中学から高校に進むときに、当然サッカーは続けるつもりでいました。

中学3年のときに湘南ベルマーレユースのセレクションに呼ばれて、参加したんです。

 

兄は普通の中学校の部活生から高校に入ると湘南ベルマーレユースに入団。

そしてユースからトップチームに昇格。

 

そこから現在の活躍に至るわけです。

 

兄が湘南ベルマーレのユースに在籍していたということもあり、弟であるぼくもセレクションに呼んで参加させてくれたということですね。

 

しかしぼくの結果は、最終選考まで進んだものの不合格。

湘南ベルマーレユースに入ることは出来ませんでした。

 

 

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最終的に一般の高校に進んでその学校の部活でサッカーを続けることになるんですが、もし湘南ベルマーレユースに合格できていたら、どうなっていたかはわかりません。

 

高校サッカーは本当に魅力的ですが、ユースのサッカーも同様に魅力的ですからね。

 

湘南ベルマーレユースに合格してサッカーをしていたら、プロになっていたかどうかは別として、また違った人生になっていたことでしょう。

 

地元を離れて福岡大学

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高校から大学へ進むときも、もちろん頭の中はサッカーだけでした。

 

地元は横浜なので関東圏内の大学へ進もうかと考えていたんですが、いろいろあって福岡大学へ進学することに。

 

初めて寮生活をしたり一人暮らしもしたり、地元を離れることでいろんな経験ができてよかったです。

 

そしてぼくが大学2年生のときに福岡大学とJICAが「大学連携」を結び、福岡大学のサッカー部と野球部から10人ずつボリビアへ短期ボランティアとして行けることになったんです。

 

大学3年次に短期ボランティアとしてボリビアに行き、そこから「国際協力」に興味を持ち始めました。

 

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大学を卒業したら長期ボランティアとしてまたボリビアに来ようと思ったのも、この短期ボランティアがキッカケですね。

 

福岡大学へ進学しなかったらJICAの短期ボランティアを経験することもなかったでしょう。

そうなると、国際協力に興味を持ったかさえ分かりません。

 

福岡大学へ進学していなかったら、短期ボランティアに参加していなかったら、大学卒業後はなにをしていたんでしょうね。

 

エチオピアでリアルな「難民」を見る

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福岡大学とJICAの大学連携のプロジェクトは、2016年から2020年までの5年間毎年福大からボリビアへ学生を派遣するというもの。

 

大学3年次に一度ボリビアへ行き、4年次でももう一度ボリビアへ行こうと考えていたんです。

 

しかしボリビアの短期派遣と同じ時期に、エチオピアでも短期ボランティアの要請があることを知ったんです。

 

ボリビアの短期派遣は毎年2月〜3月。

それとまったく同じ時期のエチオピア短期派遣があったので、ぼくはもう一度ボリビアへ行くのではなく、4年次はエチオピアに行くことにしました。

 

そしてエチオピアで活動する際、人生で初めて難民を自分の目で見たんです。

その瞬間から、将来的に難民に携わる仕事や活動をしていこうと決意。

  

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もしエチオピアに行っていなかったら、もし難民を見ていなかったら、これから先はなにをするつもりだったんでしょう。

 

 

こうした分岐点を通過して、今の自分に至る

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こうして振り返ってみると、重要な分岐点はたくさんあったんだなと思います。

 

みなさんにも、そういった分岐点はあるのではないでしょうか。

 

その分岐点をちゃんと自分の意思で進んできたから、いまの自分のやっていることに後悔はありません。

 

・もし野球をやっていたら

・もしプロサッカー選手になっていたら

・もし青年海外協力隊になっていなかったら

 

こういった「もし」なんて、考えるのもめんどくさい。

 

自分が進んだ道が正しかったかなんて、いまの段階では分かりません。

青年海外協力隊になったのが正しい選択だったのかは、いまだに分かりません。

 

でも自分が選んだ道が正しかったとこれから先言えるように、いまを必死に頑張るだけですよね。

 

これから先も、こういった分岐点は必ず訪れるはずです。

 

そのときにちゃんと「自分の意思で」進む道を決めること。

これだけは忘れずにいようと思います。

 

進む道は、自分の意思で決めるのが一番いいですからね。