遠藤暁のブログ

青年海外協力隊に関することを中心に、海外で感じたことや自分の思い、サッカーについてなどを発信するブログです。

エチオピアの難民キャンプで感じたこと ぼくの想いの原体験

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こんにちは。遠藤暁(@str_se)です。

 

現在は青年海外協力隊のサッカー隊員として南米のボリビアで活動しているんですが、将来的には「難民」に携わる仕事をしたいと思っています。

 

まだ具体的にどういったことをするかは決めていませんし分かりませんが、とにかく難民関連の仕事がしたいという想いがあるんです。

 

サッカーを通して得た寄付で難民の支援をする、という仕組みが作れたらいいなって妄想したりはしていますが、まぁどうなるかはわかりません。

 

 

今回は、なぜぼくが難民に関わる仕事をしたいと思うのか。

その動機や原体験について少し書いていきます。

 

 

初めて自分の目で見た「難民」

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ぼくが難民に対する強い想いを持つキッカケとなったのは、実際に自分の目で難民を見たから。

2018年の2月〜3月の一ヶ月間、青年海外協力隊の短期ボランティアとしてアフリカのエチオピアにいっていたんです。

 

そのときの職種は、もちろんサッカー。

エチオピアの学校の体育の授業を借りてサッカーをしたり、現地のチームでのサッカー指導をしたり。

 

そうした活動の一環で、現地のとあるサッカーチームと試合をすることになったんです。

当時はエチオピアにサッカー隊員や体育隊員がたくさんいて、日本人だけで11人集まってサッカーの試合はできる状態だったんですよ。

 

 

その試合をするグラウンドの横に大きな体育館のような建物があって、そこで「難民」が生活していました。

 

 

彼らからしたら「日本人」なんて本当に珍しい存在なので、グラウンドの周りに座っていたら瞬く間に彼らに囲まれたんです。

 

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*揉みクシャにされてすごい顔をしている筆者です。

 

しかし彼らはエチオピアの言葉も英語も喋れなかったので、どこの国から来たのか、彼らの国でなにが起こったのか、なにも分からなかった。

直接いろんな話をしてみたかったから、そこは残念でしたけど...。

 

 

でも日本にいたら「難民」を直接みる機会なんて全くないじゃないですか。

そういった意味で、自分の目で難民をみたことが自分に大きなインパクトを与えたのは間違いありません。

 

 

ぼくが訪れたエチオピアの難民キャンプは、おそらく「難民キャンプ」と呼ばれる場所の中では難民の生活環境はいい方だったと思います。

 

外に設置されていた水道からは水がしっかり出ていて、それを見たエチオピアの隊員さんが「ここの難民キャンプの水道、俺の家の水道よりちゃんと水でる」といっていたほど。

 

でもやはり「難民」という立場に置かれている彼らを見て、言葉では表せないような感情になったんです。

 

ぼくが難民に携わる仕事がしたいと思うようになったのは、それからですね。

 

 

日本の難民の受け入れ状態を知り、絶望する 

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*実際にいったエチオピアの難民キャンプ

 

エチオピアで難民キャンプを訪れたあと、すぐに難民に関してネットでいろいろ調べていました。

そこで「日本は難民の受け入れに関して消極的」という事実を始めて知ったんです。

 

2016年、ドイツは26万3622人アメリカは2万437人、イギリスは1万3554人難民認定したものの、日本が難民認定したのは28人

この桁違いの難民認定の少なさに驚いたのは今でも忘れませんし、その事実をそれまで知らなかった自分に恥ずかしさも覚えました。

 

 

難民認定の数が少ないのには理由があるのは理解していますが、その理由もなんとも言えないものばかり。

ネットにある情報をすべて信用するのも嫌ですが、難民に関する知識、法律や人権に関する知識がほとんどないぼくにとって、ネット上にある情報が「正しいのかどうか」という判断すらできないのが現実。

 

とにかく日本が難民に対して極端に厳しいこと、受け入れに消極的なこと、そもそも関心が薄いことにショックを受けました。

 

とはいえ、世界では年に万単位の難民を受け入れている国があるのに対し日本は30人程度しか受け入れていないのだから、そもそも日本人が難民に関する情報に普段から触れる機会が少ないのも当然だし、関心を持っていないのもある意味当然なのかもしれません。

 

 

でも、だからといって「じゃあぼくも無関心でいればいいや」とはならなかったんです。

ならなかったというか、なれなかった。

自分の目で直接難民を見て、一種の責任のようなものを感じて、なにができるかなんてわからないけど、とにかく難民がいない世の中にしたいなって思うんです。

 

「難民がいない世界」なんて大それたことを言っているのは十分承知ですし、本当にそんなことが可能なのかなんてわかりません。

でも、そこにチャレンジしていきたいんですよね。

 

今現在難民として苦しい生活を送っているひとたちに手を差し伸べながら、難民が生まれる要因を少しずつ解決していく。

こうして文章で書くのは簡単ですけど、実現させるのはぼくが想像しているよりも遥かに難しいはず。

 

難民が生まれる要因なんて1つじゃないし、いくつもの要素が複雑に重なり合っているかもしれない。

でも難しいから、大変だからといって匙を投げるんじゃなくて、そこに向かっていく。

その覚悟はできているので、あとは前に進んでいくだけですね。

 

 

興味を持つキッカケはどこに転がっているかわからない

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*難民キャンプにいた子どもと、謎の球体でサッカーする筆者

 

ぼくが「難民に関わる仕事がしたい」と思うようになった原体験は、ここまで書いてきたものです。 

国際協力にはなんとなく興味があったものの、最初から「難民」に対して関心があったわけではありません。

 

エチオピアの短期ボランティアに応募したのも、アフリカに興味があって一度いってみたかったという思いと、そこでサッカーを教えられるのは楽しそうだと思ったから。

派遣されるまでは「難民」のことなんて、正直考えてもいませんでした。

 

 

でもエチオピアの短期ボランティアの経験が、今の自分の強い想いの原動力になっているんです。

 

よく「やりたいことが見つからない」という声を聞きますが、そういう人はとにかくいろんなことに手を出してみるといい。

ちょっとでも面白そうだと思ったことや、自分の興味がそそられたことにはとにかく飛びついてみる。

 

そうしていろいろやっていくうちに、自分のやりたいことに巡り会えるかもしれません。

ぼくもエチオピアの短期ボランティア」という、自分が興味を持ったことに飛びついてみたら、自分のやりたいことが見つかりました。

 

もちろん誰もがこんなに簡単に見つかるとは限りませんが、少なくとも何も行動しなかったらやりたいことなんて見つかりませんよね。

 

キッカケなんてどこに転がっているかわかりません。

とにかく動いてみて、そのきっかけを自分から見つけにいきましょう。

 

 

特に学生のひとたちは、一度日本の外に出てみることをオススメします。

ぼくは大学生のときに2回JICAの短期ボランティアとして海外へいきました。

 

www.satoruendo.com

 

www.satoruendo.com

 

その短期ボランティアがキッカケで今こうして長期ボランティアとしてボリビアで活動していますし、長期ボランティアの任期後にやりたいことも明確になっています。

 

やりたいことが見つかるきっかけなんて、どこに転がっているかわかりません。

自分から積極的に動いてみて始めて見つかるものなのかもしれませんね。

 

 

さいごに

 

ぼくが難民に興味を持ったきっかけを記事にしました。

本気でサッカーに打ち込んでいた頃からすると、まさか自分がこうして「難民」に関して強い関心を抱くようになるなんて想像もできなかったです。

 

でも先ほども言ったように、自分の意思が固まるキッカケなんていつ訪れるかわからないし、どこに転がっているかもわかりません。

 

 

そのキッカケに巡り会えた自分は、ある意味ラッキーなのかもしれませんね。

この記事に書いた原体験や自分の中にある想いを大切に、これからも生きていきます。

 

ではまた!!