遠藤暁のブログ

青年海外協力隊に関することを中心に、海外で感じたことや自分の思い、サッカーについてなどを発信するブログです。

他人との比較に意味はない 遠藤航と比較され続けて感じた思い

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こんにちは。遠藤 暁(@str_se)です。

 

突然ですがみなさん、いままで生きてきたなかで誰かと比較されたことってありますか?

 

たとえばスポーツをやっているひと。

たとえば会社で仕事をしているひと。

 

指導者や大人に、上司やお偉いさんに

 

“あいつはもっとできるのに、お前は全然できないんだな”

“あのひとの方がいいね” 

 

といった具合に、他人との比較をされたことはあるのではないでしょうか。

 

他人と比較されて自分を下に見られると、いい気持ちにはなりませんよね。

 

 

ぼく自身もいままで、他のひとと比較をされてきたことはあります。

しかも、おそらく他のひとが経験してきたもの以上の比較を。

 

そんなぼくから言えることは、『他人との比較に意味はない』ということ。

 

・誰かから自分を他人と比較される

・自分が他人との比較をしてしまう

 

前者は、聞き流すくらいの勢いで気にする必要はありません。

後者は、他人と比較することなんてやめてしまえばいい。

 

そう言いきる理由を説明していきます。

 

 

誰かと比較するメリットなんてない

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自分と誰かを比較して、いいことってあるんでしょうか。

ありません。

 

なぜここまで言い切れるのか。

ぼく自身が、この記事を読んでいるあなたよりもずっとキツイ『比較』をされた経験があるからです。

 

 

日本代表の兄

 

物心ついたときから、ずっとサッカーをやっていました。

父と3つ上の兄と一緒に。

 

そう、ぼくには3つ上の兄がいるんです。

 

兄は遠藤航@wataru0209)。

現在は『シントトロイデン』という、ベルギー1部リーグのチームでプレイしています。

 

サッカーをやっているひとは、兄のことを知っている可能性が高いですね。

 

リオ五輪U-23代表のキャプテン

・ロシアW杯の日本代表メンバー

  

などなど、輝かしい経歴を持っています。

詳しい経歴の紹介は、ウィキペディアさんにお譲りすることにしますね。

 

ja.wikipedia.org

 

ここで『そんな自慢すんなよ』という声がみなさんから聞こえてきますが、残念ながら今回はフルシカトさせていただきます。

 

日本でサッカーをやっているひとが星の数ほどいるなかで日本代表の23人に選ばれ、ワールドカップに参加した兄。

冷静に、すごすぎます。

 

 

日本の人口は1億2631万人(平成31年1月現在)。

その中の『23人』です。

並大抵のことではありません。

 

 

残念ながらロシアW杯の試合に出場する機会はありませんでしたが、あの悔しさをバネにより一層の努力をして、いまでは海外のチームでプレイをしています。

 

 

兄とぼくの比較

 

ここまですごい経歴がある兄を持つと、いろんなひとから

“お兄さんすごいね!”

 

“兄弟のことどっちも応援してるよ!”

 

“お兄さんのサインちょうだい!”

 

“サイン入りのユニフォームちょうだい!”

などなど、嬉しいお言葉からやかましいお言葉まで、たくさんのお言葉をいただきます。

 

もちろんこういってもらえるのは本当にありがたいし、いろんなひとに応援されているんだなとあらためて感じています。

 

ただこれら以外に、何回も聞かれた質問があるんですよ。

 

それは

兄と比較されて嫌な思いをすることあった?” 

という質問。

 

鋭いですね。

兄もぼくもサッカーをやっていたら、比較されて当然です。

 

 

先に答えをいうと、『昔はあったけど今はない』ですね。

 

昔といっても、ぼくが中学・高校生くらいのとき。

ちょうどその頃から兄が世代別の日本代表に選ばれるようになって、プロ契約を結んだりし始めたんです。

 

いままで多くのサッカーの指導者に出会ってきましたが

“君がウワサの遠藤航の弟か”

“兄ちゃんは〜だったな”

というように、兄とぼくを比較するひとはいました。

 

 

正直、当時中学・高校生のぼくには『兄との比較』を受け流すほどの器はありませんでしたね。

 

『兄と比較されること』や『自分を自分として見てくれないこと』に対する嫌悪感や辛い気持ちをいつも抱えていたのを、いまでも覚えています。

  

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比較を気にしなくなった瞬間

 

ただ大学に入ったあたりから、“もう比較されることはわかったから、全部聞き流そう”と思えるようになって、そこからは兄との比較をされても0.1秒で忘れるようにしました。

 

もちろん兄と比較をせずに『兄は兄、ぼくはぼく』として接してくださる指導者の方もいましたよ。

そういったひとがいたから楽しくサッカーを続けてこれましたし、いまでもサッカーが好きでいられています。

 

そしていまはもうぼくはプレイヤーとしてサッカーをしていないので、兄と比較されることもなくなりましたね。

 

 

自分で『兄との比較なんて気にしない』と思えるようになってからは、別になんとも思わなくなりました。

でもそう思えるまで、かなりの時間がかかったのは事実。

 

もう一度いいますが、中学や高校時代のぼくには『偉大な兄との比較』を受け流すほどの器はなかったんです。

 

だからこそ、かなりつらい時間でしたね。

 

 

ベクトルは常に自分に向ければいい

 

スポーツでは特に 

“他人と競争させることでお互い切磋琢磨して上達する”

という考えのひとが多い印象。

 

それが悪いとはいいませんが、『他人と競争させる』とか『あいつにだけは負けるな』とか、『他人』を使わないと子どものモチベーションを上げられない時点でナンセンスですよね。

 

ベクトルを外に向けさせるんじゃなくて、子どもたちが自分で自分のモチベーションを上げられるように手助けをしていくのが一番なんじゃないかなと。

 

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本田圭佑選手は“一番厄介な敵は自分”といったことがあるそうです。

常にベクトルを自分・内側に向けて、環境が変わろうが指導者が変わろうが常にモチベーションを維持できるようになるのが理想的。

 

ぼくが子供たちにサッカーを教えるなかで一番気をつけているのがこの部分。

自分自身でモチベーションを高められる子になってほしい。

 

それが難しいことはわかっていますが、『比較されること』のしんどさを誰よりも知っているぼくだからこそ、この部分は絶対に譲れないしやっていかないといけません。

 

 

他人と比較されて苦しんでいるひとへ 

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他人と比較されていて苦しんでいるひとへ。

 

他人は他人、自分は自分です。

あいつがどうだからとか、あいつの方がなんとかだって言われたって、気にしなくていいんです。

 

常に『自分と』向き合っていきましょう。

比べるのは『自分と他人』じゃなくて、『昨日までの自分といまの自分』でいいんです。

 

 

昨日の自分よりいまの自分が成長できているか。

比較の対象はそこでいい。

 

 

ベクトルは常に自分に向けていくのが一番。

他人より劣っているかどうかなんて気にせず、自分らしく生きていきましょう。

 

 

比較を気にしないというのは、ある意味難しいこと。

どうしても他人と比べてしまうのが、人間というもの。

 

でも他人との比較の先に待っているのは『勝ち負け』であり、そこから『嫉妬』や『妬み』も生まれてきます。

 

どうせ勝ち負けをつけるなら、『自分と他人』じゃなくて『昨日までの自分と今日の自分』にしましょう。

そこには妬みや嫉妬なんて生まれませんから、もっと楽に生きていくことができるんです。

 

あなたのことを誰かと比較するひとがいても、無視でいいんです。

そのひとの評価基準に合わせる必要なんてありません。

 

いつもベクトルは自分に向けて、自分を高めることだけ考えていきましょう。

 

 

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